横山菁児访谈
关联条目
2013 in 広島
■音楽学校へ
横山 中学2年のときに進学指導がありました。担任の先生はぼくが学校の先生になると決めていた。ぼくは「学校の先生にはなりたくない。音楽がやりたい」と言ったんです。先生に「音楽をやるといっても、どうするんだ?」って聞かれて、「藤原義江さんのコンサートにしびれたから、歌手になります」と答えました。すると先生が「音楽をやるんだったら作曲家にならなきゃだめだ」と。そのときは、ぼくは作曲家というものがどうやって音楽でお金をもらうのか、理屈がわかっていませんでした。
しばらくして、「広島音楽高等学校というのが1年前に広島にできたそうだ」と先生が調べて教えてくださいました。甲奴から広島までは汽車で3時間ぐらいかかる。でも東京へ行くよりは近いから「試験を受けたらどうだ?」と。中学3年になってから受験勉強のために1曲だけピアノを練習しました。忘れもしないシューマンの「詩人と農夫」という曲です。音楽の先生に1年ついて教えてもらい、受験したんです。
■音楽学校へ
横山 中学2年のときに進学指導がありました。担任の先生はぼくが学校の先生になると決めていた。ぼくは「学校の先生にはなりたくない。音楽がやりたい」と言ったんです。先生に「音楽をやるといっても、どうするんだ?」って聞かれて、「藤原義江さんのコンサートにしびれたから、歌手になります」と答えました。すると先生が「音楽をやるんだったら作曲家にならなきゃだめだ」と。そのときは、ぼくは作曲家というものがどうやって音楽でお金をもらうのか、理屈がわかっていませんでした。
しばらくして、「広島音楽高等学校というのが1年前に広島にできたそうだ」と先生が調べて教えてくださいました。甲奴から広島までは汽車で3時間ぐらいかかる。でも東京へ行くよりは近いから「試験を受けたらどうだ?」と。中学3年になってから受験勉強のために1曲だけピアノを練習しました。忘れもしないシューマンの「詩人と農夫」という曲です。音楽の先生に1年ついて教えてもらい、受験したんです。
